便座がコワれる

大陸における便所について語るならば、新書版1冊くらいは楽に書けるに違いない
なにせ1972年に国交が回復して以来、日中関係史のページは日本人が大陸の便所において遭遇した悲劇でいっぱいだ

古典的表現を借りるならば「ニイハオ便所」というものがよく知られている
80年代から90年代にかけてパック旅行で大陸に訪れた人ならばおそらくは目と耳と鼻に残っているのではないかと思うが、要するにカベもトビラもない便所である
万事が透明性に欠ける共産圏にしてはずいぶんと開放的だなどと感心してはいけない
これには大別して2種類に分類され、前者が穴だけのものであるのに対し後者は側溝のような溝になっている

前者は往々にしてレンガ造りの小屋になっていて側面のみ個別に高さ60センチ程度のついたてがあり、各パーティーションの中央にあるA3大の角型の穴に爆弾を投下するようになっており、投下物はある程度集積されてくるとスコップ等で掬いだすようになっている
これは大陸の古典的な便所であり、ちょっと前の農村ではブタ小屋をかねていたものだ
なんでも大陸で便所を意味していた「圂(こん)」と言う旧字は「囲いの中にブタがいる」という意味で、なんのことはない、食物に関する理想的なリサイクルを行う場所であった
サバを食わせた養殖のウナギはサバの味がするというが、数十年前まで大陸のブタ肉はそういう味がしたに違いない

後者は割りと近代的で、なんと水洗式である
これはちょっと前まで駅など公共施設の便所によく用いられていたスタイルで、カベに並行に側溝が切ってあり約1.5メートルごとに1メートルほどの衝立が設けられている
ここで爆弾投下に及ぶ際は室内からの視線に対し側面を向けるスタイルになることから、入り口に向かって正対する前者と比較すると精神的にいくぶんかマシであるが、油断してはならない
たいてい5,6箇所のコンパートメントに仕切られている便所ではあるがすべて同一の側溝の上に設けられており、水洗といえども自分で流すスタイルではない
往々にしてすでに爆撃済みでてんこ盛りになっているところに再び攻撃を加えることになるのだが、問題はこれからである
水洗タンクは一定時間ごとに作動するようで、時折ものすごい音を立てて眼下の側溝に水が流れる
流れるのは水だけではない
上流にあるXXがすべて眼下を通過するのはものすごい光景である
従って、このタイプの便所を使用する場合はなるべく上流の位置を選定するのが望ましい

いずれにせよこういったオープンな便所は慣れない外国人にとって恐るべき存在である
10年以上前に北京で聞いた話であるが、日本人駐在者の幼い娘さんが便所から泣きながら飛び出してきた
なんでも、中で小姐が複数並んで談笑しながら爆弾を投下しており、あろうことかヒマワリのタネを食っていたのだという
わが国では決してやってはいけないタブーをすべて見せ付けられたのだから相当の衝撃であったことだろう
余談であるが、今はともかく私が留学していた13年前当時は男よりも女性のほうが環境適応能力が強いと言われていたものだ
あくまで私見であるが、われわれ野郎どもはこういった便所を利用する際に投下物を液体に限定することで比較的ショックを受けずに済むのだが、女性の場合投下物の如何にかかわらず件のおそるべきオープンな便所(われわれは改革開放式便所と呼称していたものだ)を利用しなくてはならない
出物腫れ物所選ばずというが、大陸で生活をする以上こういった便所が利用できないでは部屋から一歩も出ることはできない
従って、異文化に接触したごく早い時期において、こういったキョーレツな一線を越えてしまうことで却って精神的にstableな状態となり、爾後如何なる状況にでくわしても動じなくなるのではなかろうか
話が話であるので直接聞いてみたことはないが、おそらくはそういうことであろうと思っている

さて、共産圏後進国の象徴たる外貨兌換券が廃止されWTOにも加盟し、来年はオリンピックすら開こうという現在、上述の「改革開放式便所」は大陸の目立つところからはずいぶんと駆逐された
今ではデパートはおろか工場のワーカー便所でもちゃんとトビラがついているので一応は密室化が果たせたようだ
ところが変わらないのが中国人の恐るべき衛生観念で、中国人の便所を使う様の壮絶さと来たら目を覆うばかりである
駅の便所などは床一面が小便にまみれ、ためにスーツケースを携行している場合は左手で提げて車輪が決して床面に接触しないように根性で耐えなければならない(広州東駅の地下鉄入り口前の便所はいつもこうだ)
もっともこれは中国人の泌尿器に根本的欠陥があり照準精度に致命的問題があるからではなく、中国人の感覚では床や地面はいくら汚してもかまわないという認識だからである
これを裏付ける事象は多い
一般家庭などでも洋式でないところは和式に似た(ただしキン隠しはない)構造になっているが、小便の場合もこれを用いるようになっている
内地の和式便所は小便にも対応できるよう30センチほど高いところに設けられているが、大陸の場合はまったくの床面である
椎名誠著「インドでわしも考えた」によれば、氏がインドで目撃したもっとも悲しい光景とは、カースト制による差別でも絶対的貧困でもなく、「インド男のすわり小便」であったらしい
中国人はインド人と違って小便ごときでしゃがんだりなどしないので、当然便器の上空80センチからの自由落下による排泄を行う
これが初弾命中となることはまれで、また水圧の関係で弾着は一定せず、状況によっては散弾銃のように散布界が広くなってしまう
早い話が床自体が便所なのであり、汚れようがかまわないのである
さらにおそるべき伝聞情報があり、なんでも件の「インド男のすわり小便」のまったく逆のパターンが大陸では現出されるという
女性が便所で液体を排出する際、出自や年齢、教育レベル次第だが、まず便器に向かって正対した後着衣を下ろして「回レ右」、次いで「室内無帽ノ敬礼」のように若干尻を後方に突き出し両足は「休メ」の姿勢のように間隔を取り、極道の親分を迎えるような姿勢でそのまま排泄を行うことがあるらしいと聞く
そういうわけであるので大陸の便所には、自律的に清潔さを保てる余地など存在しないのである

大陸の便所のこまった点はなにも汚いだけではない
ホテル以外では紙を備えているところはまったくなく、工場の幹部用便所に至るまで紙は各自持参が基本であるが、理由は言うまでもなかろう
また、洋式便所のフタがコワれていることが非常に多い
こちらの製品は設計の時点で何を考えているのか理解に苦しむものが実に多いのだが便所のフタも例外ではなく、どういうわけか陶器の便器と締結する部分がやたらに壊れるのである

さて、日本においても洋式便所が気に入らない人はいるに違いない
中には長銃身が便器の内側に接触することで銃腔腐食を懸念するうらやましい人もおるであろうが、一般的には他人がケツを乗せたところにわがケツを乗せるのを潔しとしない向きが主流であろうと思う
中国人もそのように思うのかどうか知らないが、洋式便器の上に土足で上がりこむ横着者がいる
工場事務所の洋式便座にはたいてい土足の足跡がついており、ヒドいものになると便座の上からじかに乗っていることも少なくない
また、便座が下がっているにもかかわらず小便をする無礼者もおり、便座カバーのためにストライクゾーンが狭くなっていることもかまわずブチまけるためビチャビチャだ
そういえば先日本国の出張者が広州東駅で爆弾投下に出かけたのだが帰りが遅い
このままでは列車に遅れてしまうとヤキモキしだした頃にようやく帰ってきて、このように訴えた

「はじめはね、普通のところを探したんだけどみんなグチャグチャで全然だめなんだよ。それで身障者用の便所に入ったんだけどやっぱり便座がビチャビチャで、でもどうしようもないからちゃんと拭いて使ったよ。いやあ、まいった」

そういうことであるので、ただでさえ弱(ジャク)いつくりの便座である上に腐食性の液体が常にかかる状況下に置かれており、時には本来の設計では想定していない局部加重がかかるため、便座は往々にしてハカイされていることが多い
つまり陶器の便器と便座を締結する部分がコワれたり、便座のヒンジがイカたりして「取り外し式便座」になっているのである
もっとも取り外し式になっているだけで便座自体がちゃんと横に安置もしくは放置されているならまだよいが、便座自体が消滅している場合もあるので油断できない
このように、「コワれた便座」は「大陸の洋式便所」に対し、係り結びの関係にあるのである

翻って、わがマンション「悪の牙城」の部屋は私が最初の入居人であることもあり、ここは治外法権の日本国領土である
大陸の混沌からは一線を劃した快適な居住環境を実現すべく可能な限り日用品は日本製にこだわり、毎回帰国の際にいろんなものを持ち込んでは日本製品濃度を挙げるべく邁進している
先日持ち込んだ神棚にしてもそうだ
ここは大陸と同じであってはならない
あらゆる不具合は徹底的に改善する
大陸にいることを想起せしめるような問題にでくわすのはたくさんだ
そう思っていた矢先に便所の便座が音を立てて外れた
宗教的なホホエミを浮かべ、私は途方に暮れた
上記の2行を書くために、なんとまあ長々と駄文を重ねたことだろう
かようにも大陸では便所のことで悩まされるのである

古来日本国には八百万の神々がおわし、便所にもちゃんと女の神様がおられるのだが、便座のフタがこうもあっけなくコワれるところを見ると、私の住むマンション「悪の牙城」の部屋にはまだお越しになっておられないようだ
たぶんビザの関係でモメているか、あまりにもキタナイ国であるのできっとイヤがっているに違いないと思う

ハンドキャリーのためには身内も動員

先週のことであった
往々にして一歩もコケてはならんという超特急綱渡り納期で進められる製品というものがあるが、実に始末が悪い
正直にモノを言うよう心がけるとするならば大陸では千羅万象が一寸先はヤミなのであって、何が起こるかわからない
そんなことでは生産管理などできないのではないかと仰る向きもきっとあるであろう
その通りなのである
ワーカーやスタッフおよび外注のうっかり八兵衛はもとよりデンキや交通機関などの不安定なインフラ、および本質的にreliabilityに欠ける組織や社会など不確定な要素が多すぎる上に、おそろしくアバウトな民族性であることから「没問題」のフレーズが何の根拠もなしに濫用されるので、大陸でコトがマトモに運ぶのは単に確率の上での偶然の結果に過ぎない
そういうことであるので本国の本社も納期についてはアブラの乗ったサバをかなり読んでいるのか、いくつかの例外的オーダーを除いてはあまり強いことを言わない

さて、今いくつかの例外的オーダーと書いた
今回のものはサンプルであった
当社の主力製品であるXXXXX5型のオーダーがスッタモンダの末決定したのは12月のことだ
仕様の決定に大変手間取って最終的に工場にハンドオフできるようになったのが12月末のことであり、1月には商談が控えているのでサア急げと来た
量産もさることながらサンプルは何が何でも期日に間に合わさなければならない
なんといっても量産を進めるGOサインはサンプルを本社に着けて客先で確認を取ってからであるので、サンプルが商談に間に合わないようではオーダー自体がコケてしまう
本社が指定してきたデッドラインは1月15日の本社必着であった

国際宅配便のリードタイムから逆算すると、15日月曜に本社に着けるためには12日金曜日のDHL出荷がリミットである
宅配業者に確認を取ったところ、13日土曜日に発送した場合週末をはさむためどうしても本社着が16日となってしまい、これでは間に合わない
とりあえず工場のサンプル完成予定は10日水曜日であるので、2日の予備日があるのでなんとかツジツマはつくと思っていた
ところがフタを開けるまで分からないのが大陸である
これらのサンプルは完成直前まで外の委託工場での加工であるので進捗を確認するには業務経由の伝聞情報に頼るしかないのだが、完成予定日の前日に確認してみたところ、案の定「有点困難(ちょっとキビしい)」との回答だ
それおいでなすったと思って状況を聞くと、メッキが上がらないのだという
この製品はメッキさえ上がってしまえばあとは簡単な組み付けと仕上げだけであるので、メッキ上がりがいつになるのかが重要だ
11日には大丈夫ですと言う
本当に大丈夫かと聞くが、なにぶん外注工場の返答を信じるしかない
そうこうしているうちに11日になる
本日完成しなければかなりアブない
聞くと、さすがにメッキは上がったが、組みつけのための部品のXXXがまだ届いていないという
番頭さん、バカなことを云っちゃあいけないよ
このパーツは仮オーダーの時点ですでに形状の指定が確定しており本国の営業も大変こだわっている部分であるので、代替品でゴマかすわけには行かないのだよ
なんでも9日に入荷の予定であったのだが遅れに遅れて11日の夜に入荷だというので疲れてしまう
そういうわけで結局リミットぎりぎりの12日になってしまった
朝一番に工場の業務に行くと、果たしてサンプルは上がっていた
早速確認する
1本目を見始めて10秒後に私は凍りついた
品番およびブランドロゴのシルク印刷が入っていないではないか
これは12月末に本国より仕様が提示され、メーカーの香港事務所も了解済みのことである
どういうわけでシルク印刷がないのか問いただしてみたところ、「そんな話は聞いてないぞ」と言うではないか
香港には話が通っているものが現地工場が知らんということがあるか、メールの履歴を確認してみいと言うと業務の小姐はPCをカタカタやり出すが、果たしてそういう経緯は見つからない
どうやら大陸名物のサーバ不良によるメール不着事故か、香港側のうっかり八兵衛のようだ
いずれにせよシルク印刷なしでの出荷など不可である
商談に使うサンプルは量産と確実に同じものでなければならず、ヘタをすれば受注がキャンセルされてしまう
「誰の責任かなんぞどうでもいいから今すぐにシルク版の手配をせえ、急げ!」
シルク印刷の版は専門の業者に依頼することになり、これも常平鎮内ではないので、業者に納期確認を入れると同時に宅配の時間も合わせて確認する
「尽量努力(できるだけがんばる)」して午後の5時だという
これは大陸に限らないが、メーカーが納期回答の際に「努力します」というフレーズを使う時ほどあてにならないものはない
希望的観測が濃厚に匂う時刻であり、仮に5時に版が届いたとしても印刷してからインクが乾く時間を含めると、どうあがいても夜になる
ここであせってインクが生乾きの状態で出したら目も当てられない結果になることは明白であるので、ここに至って12日の出荷はほぼ不可能だと判断した

「こういう理由で本日の出荷はできません、明日朝の出荷になりますが本社着は16日になってしまいます。なんとかそれでお願いできませんか?」
本国の返答は「トンデモナイ、商談前に本国で加工をやる必要があるので何が何でも15日に着けよ」とのことだ
さて面白くなってきた
こうなると、別の方法を考えなければならん
今回のサンプルはXXXXX15枚だけであるのでダース箱ひとつで十分収まる
通常の速達や国際宅配で送るのが不可であれば、通常でない送り方、すなわちハンドキャリーしかない
うちのシャチョウなどは「空港かどっか行って日本帰る人にお願いして持って帰ってもらえや」というだろうが、とんでもないことだ
これはテロリストが機内に時限式爆発物を持ち込んだり、アブないおクスリの運び屋が使う常套手段であり、見ず知らずの人に荷物を託すなどもってのほかである
では、見知っている人にお願いするしかないのであるが、知人の駐在仲間に電話をかけようとして携帯のアドレス帳を繰っているうちに、ある番号が目に停まった
弟の大陸の携帯番号である

話は半年前にさかのぼる
正月休暇のため内地で過ごしていたのだが、弟も大晦日に福井に帰ってきて早速正月深夜の新聞配達に動員された
そのとき確かにこういう会話を行った

「おえ、お前(め)次いつ大陸行くンや?」
「おお、正月明けたらさっそく1週間や」
「なんじゃ、俺と一緒やげや、ひっで人使い荒い会社やのう」
「ほや、どもならん」
「ほんなら日曜の休みにいっぺん常平の俺の悪の牙城まで遊びに来いま」
「ほれが、土日移動で1週間やで、全然(じぇんじぇ)時間ねえんやっちゃ」
「なんじゃもっしぇえ、ヒデモンに人使い荒い会社やのう」

まことに偶然なのであるが、奴が出張に来るXXX・XXXX社の工場は同じ東莞市の石龍鎮にある
常平からはクルマなら40分、列車なら15分の距離にあり、兄弟そろって大陸の似たような場所でシゴトをするので実に奇遇としか言いようがない
記憶によれば土日の移動と言っていたので、帰国は13日土曜か14日日曜ではないか
これはまさに天の配剤である

「おお、悪(わり)んにゃけど、頼みがあるんやっちゃ」
さっそく奴に電話をかけ、事の顛末を伝える
「ほんでお前(め)あさっての14日の日曜日(にっちょび)帰るんけや?」
「いや明日帰る」
帰国を翌日に控えた弟の声は実にうれしそうであるが、こちらはもっとうれしい
13日に内地に持ち込んでその日の夜にコンビニで宅配に出せば15日は確実ではないか
「ほんならブツは今日の晩ゲにそっちまで持ち込むか?」
「いや、クルマで常平の駅まで行って、そっから香港行きの国際列車や」
わが耳を疑うべきすばらしいダンドリである
そういうわけで奴とは翌日朝の8時半に常平駅頭でブツの引渡しを行うことにし、早速諸般のダンドリにかかる
まずINVOICEを作成し、ついでハンドキャリーの送り先情報や通関の対処法などをまとめたハンドキャリー作戦指令書をまとめる
なんでも奴も公用の持ち帰り物資が多いらしく、スーツケースの中は重量物で一杯らしいので、スーツケースには入れず手持ちで行くとのことだ
そうなると税関で注意を引く可能性が高くなるが、これが後になって死ぬほど感謝することになるのである
工場には明日の朝8時まで待てるようになったと伝え、朝8時以降はビタ一文たりとも待てん旨も伝えるが、工場としてもそのほうが確実なものができるので喜んでいたようだ
本社にもその旨のメールを入れるが、返事まで少しく時間がかかったところを見ると、きっと「何じゃッてけ?!」と思ったに違いない

果たして翌13日土曜の朝8時にはサンプルが出来上がっていた
こちらに出張に来ている本社課長同席の元で確認するが、数点のXX不良以外は概ね満足できるものである
さっそく寒風ふきすさぶ常平の街をバイタクに跨り駅へと向かう
駅舎の前で弟と会合し、時間もないことであるので手短に説明を行いブツを渡す
「ほんなら頼むぞ」
「おお、分かった」
奴はそのまま駅舎の中へと消え、私はふたたびバイタクに跨り工場へ帰る

夜になって確認の電話を弟に入れる
「おえ、どうや、ちゃんと送ってくれたけ?」
すると、恐るべき回答であった
ブツは税関で注意を受けることもなくちゃんと手持ちで内地に持ち込んで同日深夜にコンビニで発送を終え、本社の担当者にも連絡済であるのだが、香港から中部空港まで乗った飛行機には奴のスーツケースが積み忘れていたのだそうだ
結局スーツケースは後日香港から別送されてきたようだが、たまたまスーツケースに空きがなくてよかった
もしスーツケースに入れたまま香港に置き去りにされていたら今までの苦労は水の泡になるところだった
まったく綱渡りオーダーという奴は最後の最後まで綱渡りだと、ひどく疲れを覚える
ともかく大陸では何が起こるかわかったものではないので、結果オーライの前向き思考で考えるべきであろう
なお、同サンプルは15日月曜に無事本社に到着し、ちゃんと商談に供せられた次第である

シカバネになる

ここ広東省は亜熱帯といえども冬はきちんと寒いのであり、なおかつ乾燥することから空気がきわめて汚くなる
加えて工場などの閉鎖環境で風邪などが流行ればたちどころに感染してしまう
特に工場などでの風邪の伝染速度はきわめて速く、ほとんどのワーカーが5人部屋の宿舎に居住しているので流行り出せばあっという間である
こういった集団生活の場において伝染病は実に怖いものであり、4年前のSARS騒動の時など1週間ほど工場を閉鎖というか台湾人幹部以下ワーカーごと籠城したらしく、外からの侵入者を一切ブロックしたため当時駐在していた相棒の牛某は出張先の温州にて「帰って来てはならん」との工場からの連絡を受け、温州でテキトウに無為の時間を過ごしたことがあったらしい
こうなると映画「アウト・ブレイク」を地で行くようなもので、特に最近のトリ流感なども風説によれば実は軍の生物兵器の事故らしく四川省で村を3つほど消したとかいう話もあるので剣呑である

さて、私はこう見えてもバリケードにできている
外傷にはめっぽう強くトカゲの如き治癒能力を誇るのだが内患にはもろく、まるでどこかの国のようである
特に過敏気味であるのでホコリの多い環境に長時間居ればたちどころに耳鼻咽喉系統がおかしくなる
昨年あれほど帰国を夢見ていたにもかかわらず3月から4月は例外であり、もし本国から帰国指令があったとしても適当な理由をつけて大陸に残留したことであろう
殺人的な花粉症の季節はともかく、粉塵の多い環境にいるとあっという間にノドと鼻の粘膜がやられ、セキが停まらなくなる上に鼻腔が完全に閉塞され、寝ている間にハナミズが耳に逆流してきて遂には中耳炎に至る
毎回風邪を引くとこういう症状になるので困ったものだ

先日客人が来た
広州方面へ連日アテンド業務に従事していたのだが、タクシーに乗るとまず排気ガスでやられる
毎回思うのだが、広州へ行くたびにクルマの通行量が増えているような気がするが、これに比例して空気も次第に悪くなっている
広州方面へ出かけるとなるとたいてい複数の案件を掛け持ちになるので、一日の半分はタクシーでの移動になるが、最近はこれがなかなかこたえるようになってきた
そうしてフラフラになった上列車で常平に帰るのだが、どういうわけか列車の中の空気が最近ひどく悪い
空調のフィルターが完全にイカれているようで、メガネを外して脇においておくだけですっかりホコリだらけのスリガラスのようになってしまう
そういう空気を1時間も吸っているうちに、すっかりガタガタになってしまった

ともかく夜はスットンコと寝てしまわなければならん
幸い寝袋を二重にすることでかなりの保温が期待でき、布団と違って寝相が悪くとも朝起きるまで拘束衣のようにしっかりとあたたかい空気を保ってくれる
ところがノドがイカれると面倒で、夜通しセキこんで朝には腹筋が筋肉痛になってしまうのでは具合が悪い
そこで、これまで試したノド防護の手法の中でもっとも効果のあるものを試す
こちらの香港系食堂には「ショーガ入りホット・コーラ」なる恐るべき飲み物があるが、これはかなりノドに効き、昨年こちらで社長が倒れた時にもこれを試したくらいである
コーラを沸かして粉末生姜をブチこむだけの簡単なシロモノながら、効果は覿面で、なんのことはない、これはのどのクスリとほとんど変わらない内容である
ついで夜寝ている間にハナミズが逆流しないためにも鼻腔の空間を確保しておく必要がある
これには内地から持ち込んだ鼻洗浄キットが役に立つ
これは簡単な水タンクとポンプとシリコンゴム製のホースからできており、ホースを鼻の穴の片方に突っ込んで水(温水がよい)を注入し、反対側から出すというもので、やっていることはオウムの修行のナントカ・クンバカと変わらない
これをやると鼻の中が大変すっきりし、炎症を起こしていた粘膜も冷やされるせいか鼻の通りが実によくなる
花粉症の時には必需品であったが風邪を引いたときも重宝しているのである
最後に寝袋を二重にし、息がしやすいように顔にタオルをかける
そうすると実に安寧な心持になり、快適に寝ることができる
どうも人間狭いところに突っ込まれるほうが却って安心できるよう本能が備わっているのかもしれない
しかし、外見はどう見ても死体袋に収まった死体だ
何かの間違いで公安がフミこんだら誤解するかもしれない
ともかく、空気の汚い季節はナンギなものだ

風邪ニモ客人ニモ負ケズ

風邪ニモ負ケズ 
客人ニモ負ケズ
蚊ニモ洪水ノ臭サニモ負ケナイ頑丈ナ体ヲ持チ
金ハ無ク
決シテ慌テズ
イツモ不敵ニ笑ツテイル
一日ニ飯盒一杯ノ野菜ト
少シノ羊肉串ヲ食ベ
アラユルコトヲ
コストヲ勘定ニ入レズニ
ヨク見聞キシ分カラズ
ソシテ忘レ
悪ノ牙城28階ノ台所ガ無イ部屋ニイテ
東ニ納期遅レノオーダーアレバ
行ツテヒデエ目ニ遭ワシ
西ニサボッテ居ルワーカーアレバ
行ツテヒデエ目ニ遭ワシ
南ニ死ニサウナ駐在アレバ
行ッテ人生ホンナモンジャト云ヒ
北ニ喧嘩ヤ訴訟ガアレバ
行ッテ傍聴シ
日照リノ時ハ大汗ヲ流シ
寒サノ夏ハウレシサウニ飛ンデ歩キ
本社カラハ関東軍ト呼バレ
シャチョウニハ褒メラレモセズ
接待ノ御座敷モカカラズ
サウイフ駐在ニ
ワタシハ ナリタイ


どうもこの頃おりこうさんになったらしく、カゼをひいたような気がする
私はこう見えてもバリケードにできているのでキタナイ空気には敏感なのである
さて、本日広州方面へ客人を引率したのだが、客人に1日フラフラにされて帰りの列車の中でクタばっていたら、どうも私の席の真上が空調のダクトになっているらしく、ホコリが頭上から常に吹きつける
そのまま前後不覚に陥って40分後、常平に着いたとき目が覚めたら声が出ない
脇においておいたメガネはひどくホコリだらけである
こんな空気を40分にわたって吸い続けたのが致命傷だったようで、現在すっかりカゼの症状が出てきた
このまま明日も強行スケジュールの広州アテンドかと思うとゾッとするのだが、いつかあの客人をブチ殺してやろうと心に喝を入れて明日もがんばろう
あさって客人が帰る頃にはシカバネになっているかもしれないが、アテンドが終われば熱発就寝で寝てようがかまわん
ともかく明日はがんばろう

偽札を掴まされる

有価証券というものは、そのもの自体には価値はない
無価値なものに一定の通用力を付与することから、これを偽造しようとする輩はいつの時代にもいるものだ
聞けば天平の時代にわが国において初の国産貨幣である和銅開封が作られたときも、すでにニセ金が流通していたのだそうだ
時代は流れ、天正の戦国期において全国の殿様が頭を抱えていたのがビタ銭の横行で、ビタ銭とは粗悪なニセ金のことである
当時日本で流通していた銭はすべて大陸の明国から輸入した永楽銭で、造幣局を国外に持っていたというのは奇妙なことであるが、同時に相当数の私鋳銭も出回っていたのである
従って庶民が銭を使うときは「撰(え)り銭」といって本物とビタ銭を区別する検品工程が必要であり、これによって選別されたビタ銭は本物の数分の一の価値で流通していたそうだ
これではマトモな貨幣経済は成り立たないので、「撰り銭」を禁止し正貨もビタ銭も等価にて流通せしめる政策が織田信長によって施行された「撰銭令」である
これは現代の目からすれば、ニセ金に正貨同様の強制通用力を付与するわけであるので問題が無いわけではないが、同じ形をした銭の価値が個別に異なることは「銭」自体の信用度を低からしめ、貨幣経済を根底から覆してしまう
やがて世は天正から慶長に移り、豊臣秀吉の時代には従来のコメ本位経済から貨幣経済が成立したことを見ると、どうやら撰銭令も一定の意義があったようだ
無論現代においてはニセ金は大変貴重な存在で、もしニセ1万円札を発見した場合警察にもっていくと捜査協力費の名目で12000円で引き取ってくれると聞く

ところが、偽札がぜんぜん貴重でないのが大陸の人民元である
大陸には札から硬貨に至るまでニセ金が各種取り揃っており、硬貨などはニセモノを作るほうがコストがかかるのではないかと思うのだが1元コイン(約16円)は受け取らないところが多い
大陸の札は1角(0.1元)から100元まであるのだが、最高額紙幣が100元(1600円)までしかないのでちょっとした支払いは札束で行う羽目になる
銀行のカウンターでは日常的に札束がうず高く積み上げられ、帯封されたボロボロの札束はなんだかレンガか古本を見ているようだ
ならば西側なみに手っ取り早く1000元札を作ればよさそうなものだが、ただの紙切れに1000元もの強制通用力を持たせると偽札の横行で経済が破綻してしまうのだそうで、ために現在に至るも最高額紙幣は100元どまりなのだそうだ

大陸における札の流通状況は内地とは異なる点が多い
店で50元以上の札を出すと店員は必ずスカシや手触りを確認する
以前こんなことがあった
パチモンDVDを買って100元札を出し70元ほどのおつりをもらったのだが、カウンターの横にあるDVDも欲しくなって追加で買うことにした
そこで、さっきおつりでもらった50元札を渡したところ、店員の奴め、もともと自分が渡したカネであるにもかかわらずスカシと手触りを確認しだすので力が抜けてしまう
もしその50元札が偽札だったら一体どういう展開になっていたのかちょっと興味があったが、残念ながらそれはホンモノであったようで、何も起こらなかったのでがっかりした次第である
そんな様子であるので、街で偽札を見かける機会は多い
店の収銀台(レジ)には「偽幣没収」と書かれたハリガミとともに偽札のサンプルを貼り付けているところが多く、なるほどなと思って見ていたものだ
ところがついに私のところにニセ100元札が舞い込んできた

「先生、この札ダメだから別のをくれないか?」
香港系茶餐庁でワンタン麺を食い、食後の余韻を楽しんでいた私に店の服務員が100元札を突き返してきた
見てみい、スカシの毛沢東がヤセているだろうと言う
ホンモノではスカシの毛沢東は札本体の肖像よりも太っているのだそうだ
なるほどと思ってヒネくりまわしていると、どうやら紙質自体も安物くさい
エライことだ、100元札のニセモノを抱え込んでしまった

いつの間にこんなフキツなものがサイフに紛れ込んでいたのであろうか
曲がりなりにも100元札は最高額紙幣であるのでおつりで返ってきたはずはない
10年前は外貨両替の際にレートのよいヤミ両替を利用していたものだが、最近はもっぱらバンクカードでATMから直接引き出すか日銀券を銀行で30分並んで両替しているので、すべて正規のルートである
そうなると、銀行から受け取った札自体がニセであったことになる
銀行が偽札を渡すとはけしからん話だ
この偽100元札は財布に入れておくと紛らわしく、現に何度か間違えて渡しては突き返されたので、識別のためテプラで「偽札」というレッテルを貼ることにした

私が駐在している工場の総務は元公安で偽札に明るいので色々話を聞いてみた
ホンモノとの違いは数点あるが、それぞれ検証してみたい

1、紙質
こちらで偽札を見分ける際、よく手でこする動作をするようだ
あれで判るのかと半ば疑問に思っていたが、なるほど偽札は紙質が悪く、こすっているうちにパルプがほぐれてくるような感じがする
札の端の部分のほころび方もなんだかノートの紙のようだ
もしかすると印刷工化を高めるために紙表面に何かを塗ったアート紙のようなものを使っているのかもしれない
ホンモノの紙は独特の剛性があって、それなりには強そうな感じがする

2、印刷の色調と風合い
海外では紙幣や有価証券の偽造防止としてインクの厚盛という技法が昔から使われている
これはインク自体が立体的な凹凸を伴うくらいデコボコしたもので、新札になると洗濯板のようにデコボコがはっきりしているので見ていて気持ちがいいものである
偽札ではどうもこの盛り方が甘いようで、平坦な感触である
また、これを補うかのようにこの部分のインクの色合いがヤケに濃い
もっともホンモノでも印刷のロットぶれによってこのくらいの色差は出るのかもしれないが、印刷自体もなんとなく安物くさくワザトらしい
なお、真贋判別法として札を白い紙にこすり付けるという手法があり、ホンモノであればインクが白い紙にうっすら赤く残るのだそうだ
摩擦堅牢度が悪いことを逆に真贋判定に使うというあたりがさすがに大陸だが、疲れる話である

※左:偽札 右:ホンモノ

3、スカシ
偽札かどうかの判別方法としては古典的であるが、大陸の偽札にも精巧なものとチンケなものがあり、チンケなものは全く白紙の部分に淡いクリーム色のインクで大まかに描いてあるだけという横着なものもあるので割と確実な判別法である
さて、精巧な偽札にはちゃんとスカシが入っているのだが、ホンモノには落とし穴があってスカシの毛沢東と印刷の毛沢東の顔は違うのである
ホンモノのスカシでは印刷された毛沢東よりもさらに太っているのだが、偽札では安直に印刷された肖像から版を起こしたらしく、痩せているのである

※左:偽札 右:ホンモノ

4、金属テープ
最近の世界の紙幣には偽造防止のための金属テープが漉き込まれているのだが、大陸の人民元でも同様である
チンケなニセモノだと印刷でゴマ化してしまうところだが精巧なニセモノにはちゃんと入っている
ただしホンモノの金属テープには「100 RMB」という形の穴が開いているので、これで判別できる
なお金属テープが入っている位置についてはホンモノでもばらつきがあるので、テープの位置が片方に寄り過ぎているとしてもあまり当てにはならないので注意が必要だ

※左:偽札 右:ホンモノ

5、特殊インク
札表側のスカシ下部にはミドリ色のインクで「100」と刷ってある
世界の札同様これは紫外線を当てることでハデに光るようになっているのだが、ここにも落とし穴がある
この特殊インクは紫外線に反応して光るだけではなく、見る角度によって色が変わるようになっているのである
正面から見た色はやや黄色がかった緑色だが、ナナメから見ることで藍色に変色する
偽札ではここまでは再現できなかったと見えて、ナナメから見てもやっぱりミドリ色である


※左:偽札 右:ホンモノ

6、マイクロ印刷
今度は裏面に注目したい
中央下部に1999年と印刷されており、このすぐ下に点線のような模様があるが、これは点線ではなく極微小な文字になっている
ホンモノでは「人民幣」という字がぎっしり書き込まれているのに対しニセモノでは何がなんだか分からない
1999年の左にも微小な文字で4行入っているが、これはホンモノでもなんだか判別できない
どうやらこれも真贋を見分ける工夫であるようだ

※上:偽札 下:ホンモノ

そういうわけで、偽札を手に入れてしまった
ためしになじみのタバコ屋にある真贋判定器にかけてみた
これは単にブラックランプがついているだけの物かと思っていたが、どうも偽札にキカイが反応するようになっているらしい
ドレドレと思って件の偽札を突っ込んでみたところ、果たして警告音が鳴り「請注意!請注意!」とガナり立てるではないか
なかなかよくできていると感心したが、札を流通させる上で「検品」が必要であるとはややこしい
そのうち撰銭令でも出るのではなかろうか
かように信用の置けないシロモノが香港ドルよりも価値があってよいものであろうかと思うのである

太陽が西から昇る

Rule,Britania! Britania rules the waves!
統べよ英国!英国は七海を制す
Briton never, never, never shall be slaved!
英国は決して隷属せじ

イギリス第二の国歌ともいうべきRULE BRITANIAの歌詞にあるように、かつて大英帝国は七つの海を制し決して日が落ちない帝国と言われたものだが、20世紀中旬よりそのほとんどの植民地を失いイギリス病と呼ばれる長い停滞の時代が続いていた 私は依然香港は英国であると信じて疑わないのだが、大英帝国の落日を目の当たりにするにつけ諸行無常を感じざるを得ない そんな折、香港の落日どころか、太陽が西から昇るほどの強烈な出来事があった
先日内地から再び大陸に渡った際にちょっとした事故があり、クレジットカードと蛸カードと羊カードと実弾900元が入った大陸用財布を亡失した 幸い活動資金は日銀券を大量に持っていたのでこれを後日換金することで当面は何とかなるが、月曜日に銀行へ行くまでの当座のカネと言えばマンション「悪の牙城」の部屋に散在しているカミクズ状の人民元と、内地用財布に入れてあった400香港ドルでなんとかまかなわなければならない カミクズをカキ集めたところでいくらにもならないので香港ドルが頼みの綱となる 大陸で香港ドルを使うのは実に惜しいのだが、背に腹は代えられない

かつて香港ドル人民元に対し1.1倍の値打ちがあり、大陸でこれを使う場合気の利いたところだと5%増しの金額で取り扱ってくれたものだ 大陸のほかの地方ではどうだか知らないが華南においては香港ドル人民元よりも価値があり、大陸で使うと喜ばれるのでめったやたらと使うのは惜しい また、ホテルなどちょっと気の利いた場所になると値段は香港ドル建てになっており、カミクズで支払う場合は割高になったものだ 紙幣そのものにしても、大陸のカミクズと違って立派な紙に立派な印刷が施してあり、硬貨は残念ながら1997年に香港が大陸に併呑されるに伴って刻印がエリザベス女王2世の横顔がハナズオウの花に変わってしまったが、大英帝国の威信未だ衰えずといった頼もしさを感じたものだ そういうマトモなカネを大陸なんぞで使うのは実にもったいなかったのだが仕方がない
「先生、これ99元で計算するが、いいか?」 スーパーのレジの服務員がとんでもないことを言い出すのでいっぺんに目が覚めてしまった 何じゃッてか?オレが渡したのは香港ドルやぞ?台湾ドルと間違えてないか? あわてて問いただすが、どうも店のいいつけでそういうことになっているらしい 香港ドル人民元の逆転現象である うわさには聞いていたが、身をもって体感したのは初めてだ
なんと、この麗しき大英帝国のカネが大陸のカミクズ以下になってしまったとは嘆かわしい ともかくも大陸ではカミクズがなければなにもできないので、財布の中の香港ドルはカミクズに両替してしまわなければならん 近所のタバコ屋で羊城を1カートン買い、30元の代価のために100香港ドル札を出すと、あろうことか香港ドルは受け取れないと来た 冗談ではない、依然あれほどうれしそうに香港ドルを受け取っていたくせに今になって受け取れないとは何事か バカボンの歌では太陽が西から上って東に沈むらしいが、まさにそれを実感しながら足取り重く帰途に着く この美しい100香港ドル札が手アカ・鼻水・ラクガキに満ち満ちた人民元よりも価値がないとは悲しいことだ 腹いせに100元札の毛沢東にハナ毛を描いてやろうと思ったのをかろうじて思いとどまる 時代のうつろいとはザンコクなものだ

カネを洗う

最近は大陸の銀行の玄関口に「洗銭XXXX」とかいうマネーロンダリングの宣伝もとい撲滅スローガンがよく出ているのを見かける いわゆるXXやXXにまみれたキタないカネをクリーンなカネにすることを俗に「カネを洗う」というが、中国語でもそのままで「洗銭(XIQIAN)」と表現するようである この度図らずもカネを洗ってしまった顛末は下記の通りである
私の悪い癖で、洗濯するときロクにポケットの中身を確認せずに洗濯機に放り込んでしまうので、すすぎ・脱水が終わりピーヒャラリと洗濯機が鳴ってフタをあけてビックリということがよくあるしばしばあるのがタバコをパケットごと洗ってしまうという奴で、これは実に始末に困る 洗濯機の中一面にタバコの葉がブチまけられているだけでなく、ポケットはおろか服の縫い返しの裏側などあらゆる隙間に入り込んでコビリついているので、こういうのを目撃した直後は人生に対する前向きな姿勢が音を立てて崩壊するのを感じる 次にやってしまいがちなのが硬貨である 常平ではどういうわけか皆硬貨を嫌がり、仕方がないので財布に入れるのだが、私の財布には小銭入れがないので札を入れるところに硬貨を入れると、どうも財布も硬貨を嫌がるようでポケットの中で硬貨だけ財布から転げ落ちてジャラジャラとたまるのである 硬貨を洗っているときの洗濯機の音はガラガラと実ににぎやかで、微小な金属部品を磨く水バレル研磨と同じ理屈で硬貨がピカピカになるのはなんだか楽しい
一方で、楽しくないのが札を洗ったときである なにせ大陸の人民元はもっとも小額なものに至るまで紙幣であり、これがまたおそろしく汚くボロいのである わが日本国の日銀券は紙幣として最も優れたものの部類に入り、建設省国土地理院発行の地形図同様、水に濡れたくらいではビクともしないのであるが、大陸のカネとなるとそうもいかない もともとの紙質がチョボくさい上に恐るべきムチャクチャな流通過程を経て半ばボロ布のようになっている ひどいものになるとメモ代わりにラクガキが入っているものもあり、以前電話番号が書き込んであるのを見て、「どこのバカか知らんがアンタの電話番号が10元札に書き込んであったので思い当たる人物に然るべき注意をするよう衷心より忠告するものである」と電話をかけて伝えたくなったのをグッとこらえるということもあった さて、これを湿潤させた上に脱水という強烈な外力を加えた場合、何条もってたまるべき、洗濯を終えてフタを開けるとアラ不思議、数が増えているのである ポケットの中にはビスケットがひとつ、叩いてみたらばオカンに怒られたという童謡があったような気がするが、人民元の場合においてもどうやら同様の状況を呈するようである
内地で一人暮らしをしていたときは洗濯機が二槽式であったため、こういった事故は最初の洗浄セグメントが終了し、手動で脱水する際に水面にプカプカ浮いているのが現認できるので、ヤレヤレとか言いながら札をつかみ上げては窓ガラスに貼り付けていたものだが、全自動の一槽式となると全セグメントが完了するまでフタ閉めっぱなしのホッタカラカシ一貫作業であるから発見した時点ではすでに時遅し、哀れバラバラにされているのを所轄の鑑識が回収に当たることになる 往々にして3つから4つに分断されてしまうのだが、その場合ホトケのパーツが足りないのも往々にしてあり、どうやら特にボロくなっている部分がパルプ単位にまで還元されてしまっているか、もともとが伝説の宝の地図みたいになっている奴をセロテープでくっつけてあったようなものであるようだ
今回のものは特にヒドかった バラバラ事件発生の報に接した福井県警常平駐在所は規定に従って遺体を回収の上司法解剖に回したところ、死因は溺死、残留せる模様や色からどうやら元は20元札の様であったようだが四肢の欠損が著しく、無数の擦過傷および裂傷に生活反応が濃厚に検出されることから被害者は生前から日常的に暴行・虐待を受ける環境にあったものと推測され、死亡後の遺体の損傷が甚だしいことから人物の特定および既往歴については判別不能なるもかろうじて残っていた模様がハゲ頭であることから性別は60〜73歳の男性であることは間違いないようだ
20元ともなるとバイタクに4回も乗れる大金であるが、こうなってしまってはただの紙くずである金本位制の時代の紙幣ならば破損したものであっても兌換ができ、不換紙幣であっても有価証券である以上物体としての紙幣そのものは無価値であることから相応の金額で交換が利くものであるが、ここまでボロでは湿っているだけにフロの焚き付けにもならない 普通モノは洗えばキレイになるものだが、洗うほどにボロになるとは情けない話である ともかくも、XXやXXにまみれた汚いカネを洗ってしまった 普通カネを洗えば利益を生むものだが20元の損失で終わってしまうとは、私もまだまだ善良な市民であるに違いない