ハンドキャリーのためには身内も動員

先週のことであった
往々にして一歩もコケてはならんという超特急綱渡り納期で進められる製品というものがあるが、実に始末が悪い
正直にモノを言うよう心がけるとするならば大陸では千羅万象が一寸先はヤミなのであって、何が起こるかわからない
そんなことでは生産管理などできないのではないかと仰る向きもきっとあるであろう
その通りなのである
ワーカーやスタッフおよび外注のうっかり八兵衛はもとよりデンキや交通機関などの不安定なインフラ、および本質的にreliabilityに欠ける組織や社会など不確定な要素が多すぎる上に、おそろしくアバウトな民族性であることから「没問題」のフレーズが何の根拠もなしに濫用されるので、大陸でコトがマトモに運ぶのは単に確率の上での偶然の結果に過ぎない
そういうことであるので本国の本社も納期についてはアブラの乗ったサバをかなり読んでいるのか、いくつかの例外的オーダーを除いてはあまり強いことを言わない

さて、今いくつかの例外的オーダーと書いた
今回のものはサンプルであった
当社の主力製品であるXXXXX5型のオーダーがスッタモンダの末決定したのは12月のことだ
仕様の決定に大変手間取って最終的に工場にハンドオフできるようになったのが12月末のことであり、1月には商談が控えているのでサア急げと来た
量産もさることながらサンプルは何が何でも期日に間に合わさなければならない
なんといっても量産を進めるGOサインはサンプルを本社に着けて客先で確認を取ってからであるので、サンプルが商談に間に合わないようではオーダー自体がコケてしまう
本社が指定してきたデッドラインは1月15日の本社必着であった

国際宅配便のリードタイムから逆算すると、15日月曜に本社に着けるためには12日金曜日のDHL出荷がリミットである
宅配業者に確認を取ったところ、13日土曜日に発送した場合週末をはさむためどうしても本社着が16日となってしまい、これでは間に合わない
とりあえず工場のサンプル完成予定は10日水曜日であるので、2日の予備日があるのでなんとかツジツマはつくと思っていた
ところがフタを開けるまで分からないのが大陸である
これらのサンプルは完成直前まで外の委託工場での加工であるので進捗を確認するには業務経由の伝聞情報に頼るしかないのだが、完成予定日の前日に確認してみたところ、案の定「有点困難(ちょっとキビしい)」との回答だ
それおいでなすったと思って状況を聞くと、メッキが上がらないのだという
この製品はメッキさえ上がってしまえばあとは簡単な組み付けと仕上げだけであるので、メッキ上がりがいつになるのかが重要だ
11日には大丈夫ですと言う
本当に大丈夫かと聞くが、なにぶん外注工場の返答を信じるしかない
そうこうしているうちに11日になる
本日完成しなければかなりアブない
聞くと、さすがにメッキは上がったが、組みつけのための部品のXXXがまだ届いていないという
番頭さん、バカなことを云っちゃあいけないよ
このパーツは仮オーダーの時点ですでに形状の指定が確定しており本国の営業も大変こだわっている部分であるので、代替品でゴマかすわけには行かないのだよ
なんでも9日に入荷の予定であったのだが遅れに遅れて11日の夜に入荷だというので疲れてしまう
そういうわけで結局リミットぎりぎりの12日になってしまった
朝一番に工場の業務に行くと、果たしてサンプルは上がっていた
早速確認する
1本目を見始めて10秒後に私は凍りついた
品番およびブランドロゴのシルク印刷が入っていないではないか
これは12月末に本国より仕様が提示され、メーカーの香港事務所も了解済みのことである
どういうわけでシルク印刷がないのか問いただしてみたところ、「そんな話は聞いてないぞ」と言うではないか
香港には話が通っているものが現地工場が知らんということがあるか、メールの履歴を確認してみいと言うと業務の小姐はPCをカタカタやり出すが、果たしてそういう経緯は見つからない
どうやら大陸名物のサーバ不良によるメール不着事故か、香港側のうっかり八兵衛のようだ
いずれにせよシルク印刷なしでの出荷など不可である
商談に使うサンプルは量産と確実に同じものでなければならず、ヘタをすれば受注がキャンセルされてしまう
「誰の責任かなんぞどうでもいいから今すぐにシルク版の手配をせえ、急げ!」
シルク印刷の版は専門の業者に依頼することになり、これも常平鎮内ではないので、業者に納期確認を入れると同時に宅配の時間も合わせて確認する
「尽量努力(できるだけがんばる)」して午後の5時だという
これは大陸に限らないが、メーカーが納期回答の際に「努力します」というフレーズを使う時ほどあてにならないものはない
希望的観測が濃厚に匂う時刻であり、仮に5時に版が届いたとしても印刷してからインクが乾く時間を含めると、どうあがいても夜になる
ここであせってインクが生乾きの状態で出したら目も当てられない結果になることは明白であるので、ここに至って12日の出荷はほぼ不可能だと判断した

「こういう理由で本日の出荷はできません、明日朝の出荷になりますが本社着は16日になってしまいます。なんとかそれでお願いできませんか?」
本国の返答は「トンデモナイ、商談前に本国で加工をやる必要があるので何が何でも15日に着けよ」とのことだ
さて面白くなってきた
こうなると、別の方法を考えなければならん
今回のサンプルはXXXXX15枚だけであるのでダース箱ひとつで十分収まる
通常の速達や国際宅配で送るのが不可であれば、通常でない送り方、すなわちハンドキャリーしかない
うちのシャチョウなどは「空港かどっか行って日本帰る人にお願いして持って帰ってもらえや」というだろうが、とんでもないことだ
これはテロリストが機内に時限式爆発物を持ち込んだり、アブないおクスリの運び屋が使う常套手段であり、見ず知らずの人に荷物を託すなどもってのほかである
では、見知っている人にお願いするしかないのであるが、知人の駐在仲間に電話をかけようとして携帯のアドレス帳を繰っているうちに、ある番号が目に停まった
弟の大陸の携帯番号である

話は半年前にさかのぼる
正月休暇のため内地で過ごしていたのだが、弟も大晦日に福井に帰ってきて早速正月深夜の新聞配達に動員された
そのとき確かにこういう会話を行った

「おえ、お前(め)次いつ大陸行くンや?」
「おお、正月明けたらさっそく1週間や」
「なんじゃ、俺と一緒やげや、ひっで人使い荒い会社やのう」
「ほや、どもならん」
「ほんなら日曜の休みにいっぺん常平の俺の悪の牙城まで遊びに来いま」
「ほれが、土日移動で1週間やで、全然(じぇんじぇ)時間ねえんやっちゃ」
「なんじゃもっしぇえ、ヒデモンに人使い荒い会社やのう」

まことに偶然なのであるが、奴が出張に来るXXX・XXXX社の工場は同じ東莞市の石龍鎮にある
常平からはクルマなら40分、列車なら15分の距離にあり、兄弟そろって大陸の似たような場所でシゴトをするので実に奇遇としか言いようがない
記憶によれば土日の移動と言っていたので、帰国は13日土曜か14日日曜ではないか
これはまさに天の配剤である

「おお、悪(わり)んにゃけど、頼みがあるんやっちゃ」
さっそく奴に電話をかけ、事の顛末を伝える
「ほんでお前(め)あさっての14日の日曜日(にっちょび)帰るんけや?」
「いや明日帰る」
帰国を翌日に控えた弟の声は実にうれしそうであるが、こちらはもっとうれしい
13日に内地に持ち込んでその日の夜にコンビニで宅配に出せば15日は確実ではないか
「ほんならブツは今日の晩ゲにそっちまで持ち込むか?」
「いや、クルマで常平の駅まで行って、そっから香港行きの国際列車や」
わが耳を疑うべきすばらしいダンドリである
そういうわけで奴とは翌日朝の8時半に常平駅頭でブツの引渡しを行うことにし、早速諸般のダンドリにかかる
まずINVOICEを作成し、ついでハンドキャリーの送り先情報や通関の対処法などをまとめたハンドキャリー作戦指令書をまとめる
なんでも奴も公用の持ち帰り物資が多いらしく、スーツケースの中は重量物で一杯らしいので、スーツケースには入れず手持ちで行くとのことだ
そうなると税関で注意を引く可能性が高くなるが、これが後になって死ぬほど感謝することになるのである
工場には明日の朝8時まで待てるようになったと伝え、朝8時以降はビタ一文たりとも待てん旨も伝えるが、工場としてもそのほうが確実なものができるので喜んでいたようだ
本社にもその旨のメールを入れるが、返事まで少しく時間がかかったところを見ると、きっと「何じゃッてけ?!」と思ったに違いない

果たして翌13日土曜の朝8時にはサンプルが出来上がっていた
こちらに出張に来ている本社課長同席の元で確認するが、数点のXX不良以外は概ね満足できるものである
さっそく寒風ふきすさぶ常平の街をバイタクに跨り駅へと向かう
駅舎の前で弟と会合し、時間もないことであるので手短に説明を行いブツを渡す
「ほんなら頼むぞ」
「おお、分かった」
奴はそのまま駅舎の中へと消え、私はふたたびバイタクに跨り工場へ帰る

夜になって確認の電話を弟に入れる
「おえ、どうや、ちゃんと送ってくれたけ?」
すると、恐るべき回答であった
ブツは税関で注意を受けることもなくちゃんと手持ちで内地に持ち込んで同日深夜にコンビニで発送を終え、本社の担当者にも連絡済であるのだが、香港から中部空港まで乗った飛行機には奴のスーツケースが積み忘れていたのだそうだ
結局スーツケースは後日香港から別送されてきたようだが、たまたまスーツケースに空きがなくてよかった
もしスーツケースに入れたまま香港に置き去りにされていたら今までの苦労は水の泡になるところだった
まったく綱渡りオーダーという奴は最後の最後まで綱渡りだと、ひどく疲れを覚える
ともかく大陸では何が起こるかわかったものではないので、結果オーライの前向き思考で考えるべきであろう
なお、同サンプルは15日月曜に無事本社に到着し、ちゃんと商談に供せられた次第である