偽札を掴まされる

有価証券というものは、そのもの自体には価値はない
無価値なものに一定の通用力を付与することから、これを偽造しようとする輩はいつの時代にもいるものだ
聞けば天平の時代にわが国において初の国産貨幣である和銅開封が作られたときも、すでにニセ金が流通していたのだそうだ
時代は流れ、天正の戦国期において全国の殿様が頭を抱えていたのがビタ銭の横行で、ビタ銭とは粗悪なニセ金のことである
当時日本で流通していた銭はすべて大陸の明国から輸入した永楽銭で、造幣局を国外に持っていたというのは奇妙なことであるが、同時に相当数の私鋳銭も出回っていたのである
従って庶民が銭を使うときは「撰(え)り銭」といって本物とビタ銭を区別する検品工程が必要であり、これによって選別されたビタ銭は本物の数分の一の価値で流通していたそうだ
これではマトモな貨幣経済は成り立たないので、「撰り銭」を禁止し正貨もビタ銭も等価にて流通せしめる政策が織田信長によって施行された「撰銭令」である
これは現代の目からすれば、ニセ金に正貨同様の強制通用力を付与するわけであるので問題が無いわけではないが、同じ形をした銭の価値が個別に異なることは「銭」自体の信用度を低からしめ、貨幣経済を根底から覆してしまう
やがて世は天正から慶長に移り、豊臣秀吉の時代には従来のコメ本位経済から貨幣経済が成立したことを見ると、どうやら撰銭令も一定の意義があったようだ
無論現代においてはニセ金は大変貴重な存在で、もしニセ1万円札を発見した場合警察にもっていくと捜査協力費の名目で12000円で引き取ってくれると聞く

ところが、偽札がぜんぜん貴重でないのが大陸の人民元である
大陸には札から硬貨に至るまでニセ金が各種取り揃っており、硬貨などはニセモノを作るほうがコストがかかるのではないかと思うのだが1元コイン(約16円)は受け取らないところが多い
大陸の札は1角(0.1元)から100元まであるのだが、最高額紙幣が100元(1600円)までしかないのでちょっとした支払いは札束で行う羽目になる
銀行のカウンターでは日常的に札束がうず高く積み上げられ、帯封されたボロボロの札束はなんだかレンガか古本を見ているようだ
ならば西側なみに手っ取り早く1000元札を作ればよさそうなものだが、ただの紙切れに1000元もの強制通用力を持たせると偽札の横行で経済が破綻してしまうのだそうで、ために現在に至るも最高額紙幣は100元どまりなのだそうだ

大陸における札の流通状況は内地とは異なる点が多い
店で50元以上の札を出すと店員は必ずスカシや手触りを確認する
以前こんなことがあった
パチモンDVDを買って100元札を出し70元ほどのおつりをもらったのだが、カウンターの横にあるDVDも欲しくなって追加で買うことにした
そこで、さっきおつりでもらった50元札を渡したところ、店員の奴め、もともと自分が渡したカネであるにもかかわらずスカシと手触りを確認しだすので力が抜けてしまう
もしその50元札が偽札だったら一体どういう展開になっていたのかちょっと興味があったが、残念ながらそれはホンモノであったようで、何も起こらなかったのでがっかりした次第である
そんな様子であるので、街で偽札を見かける機会は多い
店の収銀台(レジ)には「偽幣没収」と書かれたハリガミとともに偽札のサンプルを貼り付けているところが多く、なるほどなと思って見ていたものだ
ところがついに私のところにニセ100元札が舞い込んできた

「先生、この札ダメだから別のをくれないか?」
香港系茶餐庁でワンタン麺を食い、食後の余韻を楽しんでいた私に店の服務員が100元札を突き返してきた
見てみい、スカシの毛沢東がヤセているだろうと言う
ホンモノではスカシの毛沢東は札本体の肖像よりも太っているのだそうだ
なるほどと思ってヒネくりまわしていると、どうやら紙質自体も安物くさい
エライことだ、100元札のニセモノを抱え込んでしまった

いつの間にこんなフキツなものがサイフに紛れ込んでいたのであろうか
曲がりなりにも100元札は最高額紙幣であるのでおつりで返ってきたはずはない
10年前は外貨両替の際にレートのよいヤミ両替を利用していたものだが、最近はもっぱらバンクカードでATMから直接引き出すか日銀券を銀行で30分並んで両替しているので、すべて正規のルートである
そうなると、銀行から受け取った札自体がニセであったことになる
銀行が偽札を渡すとはけしからん話だ
この偽100元札は財布に入れておくと紛らわしく、現に何度か間違えて渡しては突き返されたので、識別のためテプラで「偽札」というレッテルを貼ることにした

私が駐在している工場の総務は元公安で偽札に明るいので色々話を聞いてみた
ホンモノとの違いは数点あるが、それぞれ検証してみたい

1、紙質
こちらで偽札を見分ける際、よく手でこする動作をするようだ
あれで判るのかと半ば疑問に思っていたが、なるほど偽札は紙質が悪く、こすっているうちにパルプがほぐれてくるような感じがする
札の端の部分のほころび方もなんだかノートの紙のようだ
もしかすると印刷工化を高めるために紙表面に何かを塗ったアート紙のようなものを使っているのかもしれない
ホンモノの紙は独特の剛性があって、それなりには強そうな感じがする

2、印刷の色調と風合い
海外では紙幣や有価証券の偽造防止としてインクの厚盛という技法が昔から使われている
これはインク自体が立体的な凹凸を伴うくらいデコボコしたもので、新札になると洗濯板のようにデコボコがはっきりしているので見ていて気持ちがいいものである
偽札ではどうもこの盛り方が甘いようで、平坦な感触である
また、これを補うかのようにこの部分のインクの色合いがヤケに濃い
もっともホンモノでも印刷のロットぶれによってこのくらいの色差は出るのかもしれないが、印刷自体もなんとなく安物くさくワザトらしい
なお、真贋判別法として札を白い紙にこすり付けるという手法があり、ホンモノであればインクが白い紙にうっすら赤く残るのだそうだ
摩擦堅牢度が悪いことを逆に真贋判定に使うというあたりがさすがに大陸だが、疲れる話である

※左:偽札 右:ホンモノ

3、スカシ
偽札かどうかの判別方法としては古典的であるが、大陸の偽札にも精巧なものとチンケなものがあり、チンケなものは全く白紙の部分に淡いクリーム色のインクで大まかに描いてあるだけという横着なものもあるので割と確実な判別法である
さて、精巧な偽札にはちゃんとスカシが入っているのだが、ホンモノには落とし穴があってスカシの毛沢東と印刷の毛沢東の顔は違うのである
ホンモノのスカシでは印刷された毛沢東よりもさらに太っているのだが、偽札では安直に印刷された肖像から版を起こしたらしく、痩せているのである

※左:偽札 右:ホンモノ

4、金属テープ
最近の世界の紙幣には偽造防止のための金属テープが漉き込まれているのだが、大陸の人民元でも同様である
チンケなニセモノだと印刷でゴマ化してしまうところだが精巧なニセモノにはちゃんと入っている
ただしホンモノの金属テープには「100 RMB」という形の穴が開いているので、これで判別できる
なお金属テープが入っている位置についてはホンモノでもばらつきがあるので、テープの位置が片方に寄り過ぎているとしてもあまり当てにはならないので注意が必要だ

※左:偽札 右:ホンモノ

5、特殊インク
札表側のスカシ下部にはミドリ色のインクで「100」と刷ってある
世界の札同様これは紫外線を当てることでハデに光るようになっているのだが、ここにも落とし穴がある
この特殊インクは紫外線に反応して光るだけではなく、見る角度によって色が変わるようになっているのである
正面から見た色はやや黄色がかった緑色だが、ナナメから見ることで藍色に変色する
偽札ではここまでは再現できなかったと見えて、ナナメから見てもやっぱりミドリ色である


※左:偽札 右:ホンモノ

6、マイクロ印刷
今度は裏面に注目したい
中央下部に1999年と印刷されており、このすぐ下に点線のような模様があるが、これは点線ではなく極微小な文字になっている
ホンモノでは「人民幣」という字がぎっしり書き込まれているのに対しニセモノでは何がなんだか分からない
1999年の左にも微小な文字で4行入っているが、これはホンモノでもなんだか判別できない
どうやらこれも真贋を見分ける工夫であるようだ

※上:偽札 下:ホンモノ

そういうわけで、偽札を手に入れてしまった
ためしになじみのタバコ屋にある真贋判定器にかけてみた
これは単にブラックランプがついているだけの物かと思っていたが、どうも偽札にキカイが反応するようになっているらしい
ドレドレと思って件の偽札を突っ込んでみたところ、果たして警告音が鳴り「請注意!請注意!」とガナり立てるではないか
なかなかよくできていると感心したが、札を流通させる上で「検品」が必要であるとはややこしい
そのうち撰銭令でも出るのではなかろうか
かように信用の置けないシロモノが香港ドルよりも価値があってよいものであろうかと思うのである